禁煙タクシー
「愛煙家としてはもうちょっと何とかして欲しい」
2008年1月7日より東京・埼玉などの都市でタクシーの禁煙が始まった。
既に先行しているところもあり、全県的なタクシー禁煙はこれで15都県となるようだ。
街角でインタビューを受けた「愛煙家」おじさんのコメントが最初の言葉です。多くの皆さんもきっとテレビで聞かれたことでしょう。
まるで「愛煙家」を自負?する人達の代表的な意見ってな感じでメディアが流しているこのコメントですがちと考えさせられる。
「愛煙家」ってそもそも何?と改めて疑問に思った。
似た言葉としては「愛妻家」「愛犬家」「愛猫家」「愛飲家」・・・
「愛」と「家」の間にとある語を挟むと、その「語」に表現されるコト・モノを愛してやまない人ということになるんだろうね。でも「愛煙家」という言葉にだけは違和感がある。
「百害あって一利なし」の言葉は古くから常識化されている。それを「愛する人」って言葉が普通に存在することがどうなんだか?
もちろん喫煙者にはその権利があるだろうし、ボクも過去は喫煙者だったけれど、そろそろ「愛煙家」って言葉は死後にしてもいいのでは?喫煙者が自分達のことを「愛煙家」と呼ぶのは何だか自己弁護しているような、あるいは喫煙を美化しているような印象まで受けてしまうなぁ。「愛飲家」ってのも微妙だけど、適度であればむしろ健康的とも言えるからOK。
そして「何とかして欲しい」って言ってるけれど、どうして欲しいんだろう?
「俺たち愛煙家には喫煙する権利があるから何とかしろ!」
言葉の丁寧さは違っても意味はこれと全く同じ。でも自分の権利ばかり主張して相手に対応を望むのはどうだかなぁ。「サービスが悪い!」とでも言いたいのか?
もはや今の常識では、閉鎖された車内で喫煙を許すことをサービスとは言えないと思うけどね。
ボクは喫煙者を20年以上やっていました。禁煙の経験は2度。1度目のきっかけは「タバコを止められない」という話は本当か?と思って試したくなった。10年以上前に確か3週間くらい禁煙して「よし オレはその気になればいつでも止められる!」という自信を得て、安心して再び喫煙者に戻ったのでした(笑)
そして2度目となる2年半前。経済的なこともありいよいよやめようと思い立った。そのときは禁煙を継続できる自信は90%程度。止めたくないという気持ちが少しだけあったのが正直なところですが、何とかやり過ごして月日が流れていくうちに「ここまできて再び喫煙するのは勿体ない」と思うようになった。
そして最近ではジョギングを始めたこともあり、さすがにもうタバコは吸えないなと決意を新たにした。
思うに「喫煙は心が落ち着く」「禁煙できない」ってのは単なる自己暗示のような気がする。気持ちさえあれば禁煙ツールのお世話にならず縁を切ることはできるんだけどね。
と経験者は語る・・・ってか?
でもたかがタクシー内でタバコが吸えず、運転手に暴行までしちゃった同業者が出てくるとは。。。呆れるばかり。
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